「公務員、冒険をはじめる。」― 2枚目の名刺から考えるアントレプレナーシップ
松山大学の「アントレプレナーシップ(基礎)」で、90分の講義を担当する機会をいただきました。
今回のタイトルは、
「公務員、冒険をはじめる。」
そしてサブタイトルは、
「2枚目の名刺から考えるアントレプレナーシップ」
です。
起業家として成功した人が、その成功法則を話す。
そんな講義ではありません。
現在も地方公務員として働きながら、一般社団法人EHIMEnoMIKATAを立ち上げ、地域で試行錯誤している「まだ冒険の途中にいる一人の社会人」として、学生の皆さんにお話ししました。


今日の目標は、「体温を1℃上げる」
講義の冒頭、学生の皆さんに最初に伝えたのは、知識を増やすことではありませんでした。
「今日の目標は、皆さんの体温を1℃上げることです。」
もちろん、本当に熱を出してほしいわけではありません。
公務員という仕事が少し面白そうに見えた。
起業という選択肢が少し身近になった。
地域で何かやってみたいと思った。
自分にも何かできるかもしれないと思った。
そんな「ちょっとやってみたい」が、講義を受ける前よりほんの少し増えていれば、それで成功です。
Slidoを使って、講義の最初に学生の皆さんの「現在の体温」も測りました。
そして、90分後にもう一度同じ問いを投げかけました。

地域を良くしたくて、公務員になった
私自身、愛媛県の山間部で育ちました。
県庁の採用面接では、
「高速道路を地元まで延ばし、地域を経済的に発展させたい」
と話したことを覚えています。
今振り返ると、ずいぶん真っすぐな想いですね。
でも面接を行った20年以上前の当時、本当にそう思っていました。
地域を良くする側に回りたい。
その思いで選んだ仕事が、地方公務員でした。
公務員は、とても強い「武器」を持っています。
制度、予算、政策、そして、行政ネットワーク。
一方で、仕事を続ける中では、
「これ、変えた方がよくない?」
と思ったことが、そのまま実現するわけではないという現実にも何度も出会いました。
制度、予算、関係者、前例、意思決定。
良いアイデアを思いつくことと、そのアイデアを実現することは、全く同じではありません。

東京で手に入れた、新しい「武器」
その後、3年間の東京勤務を経験しました。
東京で何より刺激的だったのは、「人との出会い」です。
全国から集まった自治体職員。
企業の経営者。
会社員。
起業家。
クリエイター。
何かアイデアを話すと、
「それ、いいね!」
「やってみようよ。」
「まず小さくやってみよう。」
そんな言葉が返ってくる。
環境が変わり、出会う人が変わると、自分の思考も変わる。
そこで私が手に入れた一つの武器が、
「とりあえず、小さくやってみる」
という考え方でした。

講義では学生の皆さんにも、
「あなたには、考え方を変えた『出会い』がありますか?」
と問いかけました。
人かもしれない。
本かもしれない。
旅、失敗、恋愛、アルバイト、SNS、AIかもしれない。
キャリアは、意外な「出会い」によって大きく変わっていきます。
「辞める」か「続ける」か。その二択だけではなかった
実は東京勤務中、私は公務員を辞めることも考えていました。
転職するのか。
起業するのか。
この3年間で次のキャリアを探そう。
そんなことを考えていました。
結果として、私は公務員を辞めませんでした。
ただし、一つ決めたことがあります。
「辞めないなら、我慢するのもやめよう。」
そこで出会ったのが、公務員の兼業・副業という考え方でした。
それまで頭の中にあったのは、
「公務員を続ける OR 起業する」
という二択。
でも、実際には、
「公務員 AND 地域活動」
という選択肢もある。
キャリアは、何かを捨てなければ前へ進めないとは限りません。
むしろ、足し算でもいい。

2枚目の名刺を持つ
そこで生まれたのが、現在の一般社団法人EHIMEnoMIKATAです。
1枚目の名刺は、地方公務員。
そしてもう1枚は、地域で活動する自分。
私たちはこれを、
「2枚目の名刺」
と呼んでいます。
肩書きが一つ増えると、単に名刺が増えるだけではありません。
会う人が変わります。
入ってくる情報が変わります。
相談される内容が変わります。
そして、見える地域の姿が変わります。
住民と行政。
企業と地域。
大学と地域。
起業家と行政。
その交差点に立つ人が増えれば、これまでつながらなかったものをつなげられるかもしれない。

もちろん、冒険は失敗だらけ
法人をつくれば、すぐに面白い事業がどんどん始まる。
……そんなことはありませんでした。
登記。
税務。
会計。
労務。
契約。
銀行。
公務員だから行政手続きは得意だろうと思っていたものの、実際には何度もやり直しました。
AIを使ったシステム開発でも、数十時間を溶かしたことがあります。
売上がなくても固定費は出ていきます。
「やりたいこと」と「続けられること」が違うことも、実際に経営して初めて分かりました。
それでも、
失敗すると、経験値が入る。
今はそう考えています。


2枚目の名刺を持つ公務員が増えた地域は、強い
今回、学生の皆さんに一番伝えたかったことの一つが、私自身が今持っている「仮説」です。
「2枚目の名刺を持つ公務員が増えた地域は、強い。」
公務員が組織の外へ出る。
地域住民、企業、大学、NPO、起業家などと出会う。
そこで新しい経験やスキルを得る。
そして、その経験を行政の中に持ち帰る。
それを見た別の職員も動き始める。
この循環が生まれれば、公務員個人の成長だけではなく、地域全体の力につながっていくのではないか。
公務員の地域活動や兼業は、単なる「副業」ではありません。
行政の外側から地域を見る、実践型の研修にもなり得ると私たちは考えています。


学生の皆さんから届いた声
講義後には、多くの感想をいただきました。
ここでは、その一部をご紹介します。
自分の得意なことや今まで経験してきたことも、自分だけの武器になるのだと感じました。社会人になっても冒険であり、失敗や経験を繰り返しながら成長していくことが大切だと思いました。
地方公務員としての一面を持ちながら事業家としての一面を持ち合わせており、愛媛がよりよくなるために、常日頃から考えている方だとわかった。公務員としての経験から問題点を発見し事業として解決に向かっていく方法は新しく興味深く感じた。
心の残ったことは”出会う人が変われば見える世界が変わる”です。話の中で仲間集めは苦手だとおっしゃっていました。やはり人脈は社会に出ても必ず生きてくるのだと思いました。将来、公務員の仕事に少し興味があったので、ORからANDにしたお話や経験をきくことができて、役立つと思いました。
地方と東京との違いで、慎重に考えて計画を立ててから、実行に移すのも大切だが、そもそもまずやってみないと、気づけない課題もあるということを知れました。まず、考えてみたことをやってみて、それをより良くするために、自分にできることを賢く使って改善していくことが大切だと思いました。
学生の皆さんのすべてのアンケートを拝読しました。こちらが伝えたかったことをしっかりと理解してくれ、また自分ごととして意見を述べてくれるのをみて、とても頼もしく、感激しました。
最後に聞いた。「あなたの武器は?」
講義の終盤、Slidoを使って学生の皆さんに聞きました。
「あなたが今持っている『武器』は?」
友達。
経験。
英語力。
資格。
文章力。
華道。
彼女・・。
一人ひとりが入力した言葉が、スクリーンの上に広がっていきました。
自分にとっては当たり前のことでも、別の誰かにとっては持っていない武器かもしれません。
一人ですべての武器を持つ必要もありません。
違う武器を持った人と出会えば、パーティーを組むことができます。
だから私自身、今一番欲しいものも「仲間」です。
挑戦したい人が自然と集まり、
「それ面白い。」
「一緒にやろう。」
「それなら手伝える。」
そんな言葉が生まれる場所。
私たちは、そんな現代版の「ルイーダの酒場」のような場所もつくっていきたいと思っています。
冒険をはじめよう。Lv.1でいい。
アントレプレナーシップという言葉を聞くと、
「起業すること」
「すごいビジネスアイデアを生み出すこと」
を想像するかもしれません。
でも今回、学生の皆さんには、こんな言葉を最後に伝えました。
アントレプレナーシップとは、今いる場所から、できることを増やしていくこと。
何かに気づく。
小さくやってみる。
失敗する。
経験値が入る。
新しい武器が増える。
仲間が増える。
それを繰り返していけばいい。
最初から、大きな挑戦をする必要はありません。
冒険をはじめよう。
Lv.1でいい。

今回の90分が、学生の皆さんにとって何か一つ「やってみようかな」と思えるきっかけになっていれば嬉しく思います。
そしてEHIMEnoMIKATAも、まだ冒険の途中です。
人口が減っていく地域であっても、地域を一緒につくる人は増やせる。
人口は減っても、味方は増やせる。
これからも、私たちなりの方法で挑戦を続けていきます。